Cross Transit

ARCHIVE

DATE
2016.3.30(水)19:00
2016.3.31(木)15:00/19:00
SPACE
せんがわ劇場
〒182-0002 東京都調布市仙川町1-21-5
TEL:03-3300-0611
  • DESCRIPTION
  • REVIEW

Cross Transit

-ふとした日常風景に幻想的な時間が流れ込み、私がいる<いま><ここ>とは、いつ、どこのことだろうと、迷路で彷徨いながら、幽霊と対話をするような錯覚に陥る。身体の記憶と時空間の関係は同じ条件を保つことができない。リアリティーある感覚を持つ幻想、フィクションのように感覚のない現実。

-2015年夏 北村明子 旅日記より

photo: 大洞博靖

CREDIT
演出・構成・振付:北村明子
ドラマトゥルク・ビジュアルアートディレクター:Kim Hak(カンボジア)
振付・出演:柴一平 清家悠圭 松尾望 長屋耕太 Chy Ratana(Amrita Performing Arts, Phnom Penh, カンボジア)
音楽ディレクター:横山裕章(agehasprings)
フィールドレコーディング(カンボジア)/リサーチアドバイザー:森永泰弘
テクニカルディレクター・照明デザイン:関口裕二(balance,inc.DESIGN)
舞台監督:浦弘毅 (ステージワークURAK)
照明:菅橋友紀 (balance,inc.LIGHTING)
音響:金子伸也
衣裳:稲村朋子
アンダースタディ:加賀田フェレナ
プロダクションマネージャー:瀧本麻璃英
制作アシスタント:中山佐代、及川恭平
宣伝写真:Kim Hak(カンボジア)
宣伝美術:兼古昭彦
協力:アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)、Asian Cultural Council、公益財団法人セゾン文化財団、
千葉商科大学政策情報学部楜沢ゼミナール
助成:国際交流基金アジアセンター、芸術文化振興基金
協賛:
主催:Office A/LB

必然の旅・再びの始まり~『Cross Transit』

  

初めて目にしたときから、彼女、北村明子の踊りはそれまでに見たどのダンスとも違っていた。その表現はひどく激しいにも関わらず、透徹した冷たさを湛え、とにかく圧倒的に美しい。特に魅かれたのは、北村とカンパニーのダンサーたちが繰り出し、反復するアンビバレンツな動きだ。舞踊家たちは、何か、目に見えない「もの」や「力」に腕や身体を強く引かれたあと、それを振り払うように前に進み、あるいは弧を描きながら、生じた反動で中空を打つ。舞台上で幾度となく繰り返される、姿なきものとの重力の存在を忘れさせるようなしなやかな打ち合いは、優れて研ぎ澄まされた武術を思わせ、ダンス鑑賞とは別種の興奮を覚えた。まだ90年代半ばのことだ。

バレエ、ジャズダンスを学び、高校時代はストリートでも踊り、10代で振付家としてデビューした北村は、思えば最初から“越境する表現者”だった。最初はダンスのジャンルを、次いで作品を共に構成する音楽、映像、照明などを手掛けるアーティストたちとの分業を。彼女は異ジャンルのアーティストとの間に横たわる「専門領域」という名の線引きを解き、自身の求める創造のため、新たに組み直していった。

早くから欧州を中心とした海外にも創作・公演の場を展開し、評価を受けていた北村が、2011年にアジア国際共同制作として、インドネシアのアーティストたちと「To Belong project」をスタートさせたときは正直、少々意外に感じた。ドライでクール、日本的湿度の高い情感に頼ることなく創作を続けて来た北村が、何故アジアに目を向けたのか、と。

だが実際にははるか以前から、北村は日本の古武道や、インドネシアの武術プンチャック・シラットを学ぶ機会を自らつくっており、プロジェクトがひどく必然性の高いものだったと知る。北村は、自身から生まれる表現、その根幹を見つめるための鍵として、アジアの身体、その歴史や伝統に着眼していたのだ。

最初のプロジェクト、その結晶たる『To Belong / Suwung』(2014)は、インドネシアの音楽家、歌手、伝統的な人形芝居ワヤンの影絵師、パフォーマーでもあるスラマット・グンドノの映像や歌、聞き取り時の言葉などを軸に、一人のアーティストの生涯から、人が何故、何のために創造や表現に従事するのかを紐解く、スケールの大きな作品となっていた。自然と人、芸術との共生、異文化を背景にするアーティストたちの邂逅と変遷、生命と宇宙に関する思索。創作にかけた歳月の豊かさを示すように(そこには困難も含まれているはずだが)、作品は多くの層を持ち、幾つもの情景が重なりながら浮かび上がる。北村作品が備えていた美しさと強度に、深い精神性と神聖さが加わった新しい創作が、そこには在った。

さらに、時を置かず始まったアジア国際共同制作プロジェクト第二弾が「Cross Transit」だ。

今回のパートナー国はカンボジア。踊りや武術、精霊儀礼などへのリサーチに加え、プノンペンで出会った写真家キム・ハクの言葉と写真を外郭として構成された第一弾が、今年3月、せんがわ劇場で上演された。美術館の展示空間、ホワイトキューブのごとき舞台にキム・ハクの写真や映像、それらにまつわる言葉が映し出される。語られるのは、彼がいかに写真と出会い、表現者となっていったかの過程、そこに連なるカンボジアの歴史と生活について。記憶と現在が交錯し、時空がひずむ舞台上では、二国のパフォーマーが異なる身体と言語を交わす。

カンボジアと日本。作中、ダンサーが互いの国の言葉で対話する場面がある。観客の多くはカンボジアの言葉はわからないが、会話に並行する動きと踊り、日本人ダンサーからの問い掛けが、両者の間に疎通する「何か」を伝えてくれる。個人の人生から国の歴史へ、さらに大きな生命の流転について。光と映像がすれ違い、重なり合うほの暗い舞台で、強くしなやかに舞うダンサーたちの軌跡を追ううち、湧いてきた感情は何故か「祈り」に近いものだった。

あの静謐な感情がどこからやってきたのか。その答えと、北村明子のさらなる旅の行く先が、今回の『Cross Transit』で示されるはずだ。(文:尾上そら)

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